2026年2月、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックのスピードスケート女子チームパシュートで銅メダルを獲得した佐藤綾乃選手。平昌2018で金、北京2022で銀、そしてミラノ2026で銅と、3大会連続でメダルの色を変えながら表彰台に立ち続けるという前人未踏の偉業を達成しました。さらに今大会では「これが最後のオリンピックになると思う」と引退を示唆し、多くのファンに感動と惜別の気持ちをもたらしました。
そんな佐藤綾乃選手について、「どんな家族に育てられたのか」「あの強さと笑顔はどこから来るのか」と気になっている方も多いのではないでしょうか。この記事では、佐藤綾乃選手の家族構成や父親・母親・兄弟のエピソード、さらにスポーツ一族として注目されるいとことの関係まで、最新情報を交えて詳しく解説します。佐藤選手の競技人生を支えてきた家族の絆を知ることで、彼女の活躍がより深く、そしてより感慨深く感じられるはずです。

佐藤綾乃の家族構成は?父・母・兄弟をまとめて紹介
佐藤綾乃選手は北海道厚岸郡厚岸町出身の1996年12月10日生まれ、現在29歳。小学1年生のころからスピードスケートを始め、その後一途に競技と向き合い続けてきました。なお、選手の基本プロフィールや出場種目の詳細は、日本オリンピック委員会(JOC)の公式サイトでも確認することができます。
公式情報
佐藤 綾乃 選手プロフィール(JOC 公式)
https://www.joc.or.jp/games/olympic/milanocortina2026/sports/speed/team/satoayano.html
彼女の背景にあるのは、北海道の漁業の町で力強く生きる家族の存在です。まずは家族一人ひとりのプロフィールを見ていきましょう。
父親・佐藤文則さんはどんな人?漁師として一家を支える
佐藤綾乃選手の父親は佐藤文則(ふみのり)さん。厚岸町で漁師として働き、家族を支えてきた人物です。厚岸町は北海道東部に位置し、全国的にも名高い牡蠣の産地であり、豊かな海の恵みとともに生きる漁業の町として知られています。厳しい海での仕事を毎日こなす父親の背中を見て育った佐藤選手が、スケートの厳しいトレーニングに向き合える精神的な強さを身につけたのは、自然なことかもしれません。
文則さんが語ったとされる「男の子だったら漁師を継がせたかった」という言葉は、一見すると一般的な親心のように聞こえますが、その裏には娘の夢を全力で応援するという決意があります。綾乃選手がスケートを続けたいと意思を示したとき、文則さんは練習環境を整えることを惜しまなかったといいます。厚岸町B&G海洋センターなど地域の施設を活用し、スケートと向き合える環境づくりを家族一丸で取り組んできた様子がうかがえます。また、幼少期の綾乃選手はそんな父親のイカ漁の荷上げ作業を手伝っていたという話も残っており、日常の中で体力や忍耐力を自然に身につけていったと考えられます。
母親はどんな人?平昌へ弾丸ツアーで駆けつけた母の愛
佐藤選手の母親についての詳しい職業や名前などは公表されていませんが、彼女の競技生活を最もそばで支えてきた存在であることは間違いありません。特に印象的なのが、2018年平昌オリンピックの応援エピソードです。佐藤選手が高木美帆・高木菜那選手とともにチームパシュートで日本女子スピードスケート史上初の金メダルを獲得したあのレース、佐藤選手の母親は「弾丸ツアー」で韓国・平昌に駆けつけ、現地で声援を送ったとされています。
突然の弾丸ツアーを決断するほどの行動力と、娘を想う純粋な愛情が伝わってくるエピソードです。3人の子どもを育てながら、北海道から競技会場への送迎、練習のサポート、精神的な支えを続けてきた母の存在は、佐藤選手が競技に集中し続けられた大きな基盤となっています。
佐藤綾乃に兄弟はいる?兄・弟の存在と北京五輪前のエール
佐藤綾乃選手には兄と弟がそれぞれ1人ずついるとされています。きょうだい3人で育った厚岸の家庭は、にぎやかでスポーツへの情熱にあふれた環境だったのでしょう。特に注目したいのが、2022年北京オリンピック直前のエピソードです。厚岸漁協直売店「エーウロコ」のスタッフブログに、お兄様が妹・綾乃選手への熱いエールを書き込んだという情報が伝わっており、地元の方々はもちろん、全国のファンの間でも「家族の絆が深い選手だ」と温かく受け止められました。地元の直売店ブログというアットホームな場で妹の活躍を応援する兄の姿は、派手さはないながらも、家族の絆の深さをしっかりと物語っています。
佐藤綾乃のいとこ・佐藤龍世との家族関係が熱すぎる
佐藤綾乃選手の家族を語るうえで欠かせないのが、いとこである佐藤龍世選手の存在です。同じ佐藤姓ということもあり「もしかして兄妹?」と思った方もいるかもしれませんが、2人は父方のいとこ(従姉弟)の関係。この2人のエピソードは、スポーツファンのあいだでもたびたび話題になっています。
佐藤龍世とはどんな関係?父方のいとこで同い年の絆
佐藤龍世選手は1996年生まれで、佐藤綾乃選手と同い年という共通点があります。富士大学野球部で8連覇を達成するほどの実力を誇り、かつて西武ライオンズに入団。現在は中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手として活躍しています。同い年でスポーツ界のそれぞれのトップレベルで戦い続ける2人の存在は、まさに”スポーツ一族”という言葉がぴったりです。
2人の関係を語るうえで有名なのが、幼少期に一緒にスケートをしていたというエピソードです。龍世選手は「女の子に勝てなかったのが悔しかった」と語っており、幼い頃から綾乃選手のスケートの強さは折り紙つきだったことがわかります。その後、龍世選手は野球の道を選び、2人はそれぞれ別々の競技で世界と戦うアスリートへと成長していきました。同じ町で育ち、幼少期に同じ氷の上で笑い合った2人が、それぞれの舞台でトップを目指しているというストーリーは、多くのスポーツファンの心をつかんでいます。
平昌金メダル後の始球式エピソードが感動的
2人の交流を象徴する最大のエピソードが、2019年に行われた始球式です。佐藤綾乃選手が平昌オリンピックの金メダリストとして始球式に登板し、打席に立ったのがいとこの佐藤龍世選手でした。スピードスケートと野球というまったく異なる競技のトップアスリート同士が、そして従姉弟という関係でグラウンドに立つという、なんとも胸が熱くなる場面でした。
また、2022年の北京オリンピックでチームパシュートの銀メダルを獲得した際にも、龍世選手は祝福のコメントを寄せており、2人がアスリートとして、そして家族として互いを認め合い、応援し合い続けていることが伝わってきます。「従姉弟がオリンピックでメダルを取った」という話題は、当時SNSでも大きく拡散し、佐藤綾乃選手を知るきっかけになった方も多かったことでしょう。
佐藤大雅選手も加えた”3人のスポーツ一族”の全貌
この一族には、さらにもう一人の注目選手がいます。佐藤龍世選手の弟・佐藤大雅選手も野球選手として活躍しており、高校時代には甲子園に捕手として出場した経験を持つ実力者です。佐藤綾乃・佐藤龍世・佐藤大雅というスポーツ界で輝く3人が、同じ一族から生まれたという事実は、家庭環境や地域の運動文化がいかに大きな影響を与えるかを示しています。3人は幼少期に一緒にスケートに行った思い出も持っており、スポーツを通じて結ばれた一族の絆は今も変わっていないようです。
佐藤綾乃の家族が育てた”強さの源”とは?
3大会連続でオリンピックのメダルを獲得し、チームパシュートで金・銀・銅のフルコンプを達成した佐藤綾乃選手の強さは、どのようにして培われたのでしょうか。その答えのひとつは、間違いなく生まれ育った厚岸町という環境と、家族との日々にあります。
厚岸町という環境が選手を鍛えた
北海道東部に位置する厚岸町は、オホーツク海に面した人口約8,000人の漁業の町です。冬には氷点下を大きく下回る厳しい寒さにさらされ、夏は霧が多く、自然環境そのものが人の精神と体を鍛える環境といえます。全国的にも知られる厚岸の牡蠣や豊富な海産物は、漁師たちの過酷な労働によって支えられており、佐藤選手はそうした生活の中で自然と「粘り強さ」や「諦めない心」を身につけていきました。厚岸町は国内で唯一、生食用の牡蠣を年間を通じて出荷できる産地として知られており、その独自の漁業文化は地域のアイデンティティそのものです。
参考情報
厚岸の漁業・牡蠣文化について(厚岸観光協会 公式サイト)
https://akkeshi.shop/gourmet/
スピードスケートにおいて重要とされる「苦しい場面でも崩れない精神力」は、この土地で育まれたといっても過言ではないでしょう。
父の漁師仕事を幼少期から手伝っていた経験が糧に
先述のとおり、佐藤選手は幼少期から父・文則さんの漁師の仕事を手伝い、イカなどの魚介類の荷上げ作業を経験していたといいます。漁の荷物を運ぶ作業は、子どもにとっては決して楽なものではありません。しかし、その日常的な体験が体力の基礎を作り、「辛いことに向き合い続ける」という習慣を無意識のうちに植えつけていたのではないでしょうか。また、厳しい自然条件の中で黙々と働く父の姿を見てきたことは、競技を続けるうえでの精神的な支柱にもなっていたはずです。佐藤選手の競技スタイルに見られる「どんな状況でも安定した滑り」は、こうした原体験と無関係ではないと感じさせられます。
佐藤綾乃と家族との関係が輝いたミラノ2026の集大成
2026年のミラノ・コルティナ冬季オリンピックは、佐藤綾乃選手にとって3度目の、そして最後のオリンピックとなりました。大会開幕前の公式練習後、佐藤選手は「オリンピック自体は私の中で最後になると思う」と静かに、しかし力強く語りました。2025年12月に29歳の誕生日を迎え、今大会を「20代の集大成」と位置づけていた佐藤選手にとって、ミラノは何もかもが「最後」の意味を持つ舞台でした。
今季限りで解散が決まっている「チーム・ゴールド」の仲間として挑んだ女子チームパシュート。「高木美帆さんとパシュートができないなら、(同種目は)やらない」と語るほど、佐藤選手にとってチームパシュートは単なる競技種目ではなく、自分のスケート人生の核心でした。2月17日の3位決定戦では、アメリカを相手に美しい隊列を保ち続けながら2分58秒50をマーク。銅メダルを確認した瞬間、3人がほぼ同時に掲示板に目を向けたあの場面は、チームの絆と戦い抜いた誇りを全身で表現していました。
3位決定戦では野明花菜・佐藤綾乃・高木美帆の3名で臨んだ日本が、序盤からリードを保ち2分58秒50をマーク。アメリカ(3分2秒)を大きく上回り、銅メダルを獲得しました。この結果は公式オリンピックサイトでも記録されています。
公式結果
女子チームパシュート 結果・順位(ミラノ・コルティナ2026 オリンピック公式)
https://www.olympics.com/ja/milano-cortina-2026/news/speed-skating-women-results-medals
🥇平昌2018 チームパシュート
🥈北京2022 チームパシュート
🥉ミラノ2026 チームパシュート
これで佐藤選手はチームパシュートで金・銀・銅の3色すべてのメダルを獲得するという、日本スピードスケート史上でも前例のない偉業を達成。この結果は、家族・いとこ・チームメイトといった多くの支えなくして成し得なかったものです。個人種目の1500mでは22位という結果でしたが、今大会の締めくくりとして氷上に立てたことへの誇りは、競技を終えた後の佐藤選手の表情にも表れていました。引退後の具体的な進路についてはまだ明らかにされていませんが、保育士資格を持ち、人間発達学部を卒業したその知識と経験は、次のステージでも必ず生かされることでしょう。
まとめ:佐藤綾乃選手の活躍は、家族全員の勝利だった
この記事で紹介した佐藤綾乃選手の家族情報を、最後に整理しておきます。
- 父親:佐藤文則さん(漁師)。厚岸町で一家を支え、娘のスケート環境を応援し続けた
- 母親:名前・職業は非公表。平昌五輪には弾丸ツアーで応援に駆けつけた行動力の持ち主
- 兄弟:兄1人・弟1人。北京五輪前には兄が地元ブログで妹へのエールを送った
- いとこ:佐藤龍世選手(中日ドラゴンズ)・佐藤大雅選手(野球)。同い年のいとこ・龍世選手とは幼少期から一緒にスケートをし、2019年の始球式でも共演
- 出身地:北海道厚岸町。漁業と厳しい自然環境が精神力の礎を作った
29年間のスケート人生を振り返ったとき、佐藤綾乃選手が獲得した金・銀・銅のメダルは、選手本人だけでなく、漁師の父、弾丸ツアーで応援に来た母、ブログでエールを贈った兄、そして氷の上で一緒に滑り今はプロ野球選手として活躍するいとこ——そのすべての人たちと一緒に勝ち取ったものといえるでしょう。「家族の絆がアスリートを強くする」という言葉の意味を、佐藤綾乃選手の歩みは改めて教えてくれています。
佐藤選手の今後の活動にも、引き続き温かい視線を送り続けたいものです。この記事が参考になったと感じたら、ぜひSNSでシェアしていただけると嬉しいです!
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※本記事は2026年2月22日時点の情報をもとに作成しています。選手のプロフィール・成績に関する公式情報は JOC公式サイト および 日本スケート連盟 公式サイト をご参照ください。競技結果の詳細は オリンピック公式サイト でご確認いただけます。